Allodyniaと書きます。アロディニアのメカニズムについては諸説あります。拙著「脳過敏症」において慢性痛は生物、社会、心理を含めた議論が必要なこと、シナプス可塑性長期増強LTPについて説明します。アロディニアには片頭痛に関連したアロディニアが多いのですが、片頭痛に関連しないアロディニアについても説明していますので参照ください。
アロディニアについての論文、特に総説は少なく、Lancet Neurol 2014;13:924-35 Review Allodynia and hyperalgesia in neuropathic pain:clinical manifestations and mechanisms 、神経障害性疼痛におけるアロディニアと痛覚過敏症:臨床上の特徴とメカニズム Troels S Jensen,Nanna B Finnerup
を紹介します。論文概要 ←こちらをご覧下さい。
日本におけるアロディニア 神経可塑性の研究
~内容が難しいので興味のある方はお読みください~
海外に遅れていた慢性痛に対する研究は最近になって国家的な取り組みが進められています。革新的先端的研究開発事業AMED-CRESTから最新の成果がリリースされており、『神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明』に基づいて進められた研究も進んでいます。末梢の神経を傷つけてアロディニアの症状を再現したマウスを用意し2光子励起顕微鏡を用い生きたままで脳の微細構造を研究する方法により痛みや触れる感覚に関係する神経細胞同士のつながりが変化していることがわかり、ほんの少し触れただけで強い痛みが生じることを世界で初めて明らかにしました。さらにこの現象は神経細胞の周りに存在するグリア細胞の活動が亢進することによって生じることを示し、痛みとグリア細胞の関係を明らかにしました。
2光子励起顕微鏡療法により痛みや触れる感覚に関係する領域の神経細胞に神経可塑性の長期増強LTPが生じ、軽く触れても痛みを生じる慢性痛の仕組みを解明しました。研究班はアロディニアの症状を再現したマウスにおける脳内の変化イメージ図を発表しています。
出典:AMED-CREST 2光子励起顕微療法によるアロディニアの研究
大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所、2016年4月13日付プレスリリース「末梢神経損傷によって未熟化した神経膠細胞(グリア細胞)が難治性慢性疼痛を起こす脳内回路を作る-難治性慢性疼痛の予防・治療に期待-」
前頭前野の疲労説(仮説)
前頭葉は巨大化した大脳の中でも特に思考判断、感情のコントロールなど人間らしさを発揮するところです。この前頭葉の中でも前頭前野が人間らしさの中枢です。この前頭前野は哺乳動物の脳が持っている大脳辺縁系(感情脳)をコントロールしています。心配、不安など負の情動刺激が長く続くと感情をコントロールしている前頭前野(背外側野、内側野、眼窩野)を疲弊させます。その結果脳内ホルモンドパミン、セロトニン、ノルアドレナリンのバランスが崩れると大脳辺縁系(感情脳、情動脳)をコントロールできなくなり、アロディニア異痛症を生じやすくなると考えられています。
神経の混線 クロストーク説(仮説)
触覚、痛覚などの情報受け取った脳は外界に適応するよう身体を守ります。触覚経路Tと痛覚経路Pは別々の脊髄路を上行し、大脳の触覚中枢と疼痛中枢へ行きます。前頭前野が疲弊すると、下降性疼痛抑制系の力が減弱し、上行する触覚経路Tと痛覚経路Pは混線し、触覚と痛覚が混じり合ったような不可思議な異常感覚となって、脳に伝わります。この異常感覚をアロディニア異痛症と言います。最近の研究では末梢からの痛みの入り口(ゲート)である脊髄神経後角グリア細胞の炎症説が有力視されています。⇒あとで述べる治療にも関係します。
ドパミン回路の疲弊説(仮説)
痛み知覚は情動との関係が強く不安心配などの負の情動ストレスが慢性的に続くと身体にはこれといった原因はないのに皮膚にシビレ・ピリピリ痛を発症します。以前は心理的疼痛とも呼ばれていました。健康なときドパミン回路は正常に機能し脳内ホルモンであるドパミン、μオピオイド、セロトニン、ノルアドレナリンの働きによって痛みを感じにくくしているのです。ところが、ストレスで脳が疲弊すると情動に関係するドパミン回路A10神経の活動が低下しドパミンの放出が減少し⇒μオピオイドの減少⇒セロトニン、ノルアドレナリンの減少を生じます。セロトニン、ノルアドレナリンが減ると下降性疼痛抑制系の機能障害を起こし脳はシビレや痛みを強く感じるようになります。。⇒あとで述べる治療にも関係します。
紺野愼一から引用
学習される痛み(仮説)
海馬は”神経可塑性”というメカニズムにより記憶を形成します。海馬の記憶形成と何の関係もないと思われていた慢性痛はその原点を辿ると海馬の記憶形成と同じ”神経可塑性”により学習された痛みであることが見えてきました。海馬と同じように側坐核、扁桃体は痛みを学習し記憶すると考えられます。すなわち慢性痛であるアロディニアは学習された痛みと定義すれば、、痛みが去った後もシビレやピリピリ痛を自覚するようになります。これがアロディニアです。
黒質からはA9ドパミン神経が線条体に投射します。腹側被蓋野からはA10ドパミン神経が扁桃体・側坐核・前頭皮質野に投射します。脳が疲弊するとドパミンの分泌が減少します。その結果、側坐核の機能が低下し異痛症を発症すると考えられています。側坐核の機能低下は最近の研究によりほぼ定説になりつつあります、、、。⇒詳しくは治療の項で説明します。
fMRIを用いた脳画像法から慢性痛アロディニアの脳内機構が見えてきました。すなわち広範な神経回路網に機能的かつ構造的な変容が起きているのです。痛みの慢性化は前頭皮質-扁桃体-側坐核の間の機能的結合に注目が集まっています。不安、心配、恐怖などの負の情動が過剰に入ってくるとドパミンシステムが破綻し下降性疼痛抑制系の機能が低下することがわかってきました。最新の研究では、、痛みの慢性化のカギはドパミンシステムに属する側坐核神経の応答力に絞られているようです。
吐く息に意識を集中するはく息リズム呼吸は達成感と安らぎを得られ、ドパミンとセロトニンのバランスを回復します。
息をはく時間を、吸う時間の2倍3倍~と意識して長くします。
吸息3秒・呼息7秒 ⇒ 1分間6回呼吸
吸息5秒・呼息10秒 ⇒ 1分間4回呼吸
吸息10秒・呼息20秒 ⇒ 1分間2回呼吸
ゆっくりと”はく息リズム呼吸”は副交感神経を活性化し、脳内ホルモンのバランスを回復します。
第三世代の認知行動療法としてマインドフルネスが注目を集めています。学術論文の発表も急増しています。
米国内科学会/米国疼痛学会は、2017年版慢性腰痛に対する診療ガイドラインにおいてマインドフルネスに基づくストレス低減法の痛みに対する効果をimprovedとしています。私自身マインドフルネスを心の痛みの治療へ応用したいとサムサーラというタイトルで取り組んでいます。もうひとつ第三世代の認知行動療法としてアクセプタンス&コミットメント・セラピーACTの報告が増えています。マインドフルネスほどではありませんがRCTは20件以上実地されており2件のメタアナリシスがあります。しかし、第二世代の認知行動療法と比較して第三世代は明らかに有効と言えるほどの差は出ていないようです。
詳しくは ⇒サムサーラHPをご覧ください。
運動指導、睡眠指導なしにアロディニア異痛症は治らないとまで言われています。
運動も自発的運動VE(volutary exercise)が大切です。
自発的運動VEはドーパミン報酬系を活性化しますので、より効果的なのです。
理屈抜きで毎日30分~1時間のウォーキングと10時就寝を目指してください。
アロディニアに有効な治療法はあるのか 、、、?
アロディニアに限らずどの病気も早期発見、早期治療は大切です。確かにピリピリ痛は難治性ですが軽減させることは可能です。難治性アロディニアに対しては単一治療ではなく集学的治療が必要です。
抗うつ薬療法
三環系抗うつ薬アミトリプチリン(トリプタノール)、ノリトリプチリン(ノリトレン)はセロトニン、ノルアドレナリンを賦活し疼痛抑制作用を発揮します。最近登場したSNRIサインバルタ、トレドミン、イフェクサーもセロトニン、ノルアドレナリンを賦活します。最近NaSSAミルタザピン(リフレックス)にも疼痛抑制作用が期待されていますが、私は未だ使用経験はありません。副作用としての強い眠気を利用し不眠症の治療に使うくらいです。古い薬ですがスルピリド(ドグマチール)はノルアドレナリンを賦活し疼痛抑制作用を持っています。
興奮系グルタミン神経抑制療法
抗てんかん薬のうち、興奮系グルタミン神経抑制作用を持つ抗てんかん薬に注目が集まっています。
薬理作用は興奮系グルタミン神経の膜電位依存性イオンチャンネル、リガンド依存性イオンチャンネルの作用を抑えます。NMDA、AMPA/カイニン酸受容体の働きを抑えます。最近NMDA受容体に対するメマンチン(メマリー)、AMPA受容体に対するペランパネル(フィコンパ)に注目が集まっていますが私の使用経験では効果は限定的です。一方、バルプロ酸は抑制系GABA神経を活性化する作用もありマイルドですが効果が期待されます。よく処方されるリリカは興奮系グルタミン神経に作用し、理論的には有効なはずですが、私の使用経験では効果は限定的です。 ⇒Dr.kousukeコラム ”私なら飲みたくない薬”
ドパミン補充療法
脳内ホルモンA10系ドパミンが減少すると側坐核、前頭前野の機能が低下し扁桃体の機能も低下します。
ドパミンを増やす最良の方法は運動の治療効果で述べたように、ウォーキングやジョギングはドパミンを増やす最も身近な方法です。ドパミンは報酬系に属するホルモンですから目標を達成した時の快感はドパミン分泌を増やします。体の内部からドパミンを増やす治療が最も有効です。ところが、なかなか運動できない人、仕事が忙しくストレスがたまる人は内因性ドパミン分泌を増やすことができません。そこでドパミン補充療法が考えられます。A9系ドパミンを測定する方法としてドパミントランスポーター(DAT)密度を測定する画像検査ダットスキャンが登場しました。このダットスキャンのおかげでパーキンソン病、パーキンソン類縁疾患の早期発見、治療効果の判定などが可能となりました。残念ながら、A10系ドパミン分泌量を測定する方法はありません。私はA9系ドパミントランスポーター密度からA10系ドパミントランスポーター密度を推測し、ダットスキャンでドパミン分泌低下を示唆する所見が得られた場合はアロディニア異痛症(慢性痛)に対しパーキンソン治療薬を処方しその効果を見ているところです。
・ダットスキャン正常例
・軽度~中等度アロディニアのダットスキャン例
・中等度~重度アロディニアのダットスキャン例
複合性局所疼痛症候群CRPS2型
以前から外傷、骨折、術後、針刺し後などに起こる激しい疼痛はよく知られており、国際疼痛学会は神経損傷後の長引く難治性疼痛に対し、複合性局所疼痛症候群CRPSと命名しました。交感神経の過剰な活性化が原因とする考えもありますが、なぜ痛みが続くのか原因のわからない場合がほとんどです。複合性局所疼痛症候群CRPS2型と重度のアロディニア異痛症との鑑別は困難な場合があります。両者ともに過敏神経質性格、遅寝による睡眠障害、運動不足は共通します。CRPSに特徴なのは痛みの発症のきっかけがはっきりしていることです。一方、アロディニア異痛症は発症のきっかけが不明なことが多いです。問題は鑑別できたからといって治療法が異なるわけではありません。どちらも難治性で薬剤だけでの治癒は難しく生活指導や認知行動療法が大切です。
筋筋膜性疼痛症候群MPS Myofascial Pain Syndrome
筋肉のコリのお化けをMPSと言います。触診すると筋肉の索状硬結を触知し、ここを強く指圧すると離れたところまで痛みが出現します。筋肉のコリや筋肉痛は不快な痛み程度から激痛による動作制限まで様々ですが、多くの場合は自然治癒するものです。しかし、これが重症化するとMPSになり慢性化するケースも多いです。
治療は圧痛点や発痛点へのブロック治療が一般的です。最近はエコーガイド下に生理食塩水の注入療法が推奨されています。
リウマチ性多発筋痛症 PMR Polymyalgia rheumatica
肩甲骨から股関節周囲のいわゆる体幹に筋肉痛を発症します。なかには、整形外科受診治療後に来院された場合、リウマチ性多発筋痛症を除外診断することがあり、アロディニアと誤診する場合があります。
リウマチ性多発筋痛症は実はリウマチ疾患ではありません。厳密にはリウマチ様多発筋痛症であるべき病態で、原因不明の炎症疾患です。リウマチに特有なリウマチ反応、抗核抗体は陰性です。抗CCP抗体も参考になります。大切な検査は炎症反応CRPと赤沈です。多くの場合、発熱を伴います。発症年齢は50歳以上、日常の外来では70歳以上の男性に多いです。痛みが強いため、安易な経過観察はできません。特に肩が痛い、殿筋が痛いなど肩関節と股関節に症状が強い場合は副腎皮質ホルモンの少量(10mg~20mg/日)が著効します。治療ガイドラインに則り漸減し、多くの場合は寛解治癒します。このため、リウマチではないことがよく分かります。
線維筋痛症 FM Fibromyalgia
難治性の疼痛といえば線維筋痛症と言う位有名となっています。ところが、診断治療に至っては不透明な部分が多く、未だに研究が続けられています。診療ガイドライン2017では、原因不明の慢性疼痛と全身性のこわばりを主症状とし、身体診察、画像検査、血液検査で異常を見いだせない、機能性身体症候群
FSSに属する特異的リウマチ性疾患と定義しています。最新の研究では、免疫細胞であるミクログリアが活性化され、ドパミン放出制限による中枢炎症説が仮説として提唱されています。遺伝的体質に身体的ストレスにより発症します。圧痛点は有名です。痛みの他に、朝のこわばり、手足のシビレ・冷え、下痢、頭痛、睡眠障害などの多彩な随伴症状を伴う難治性の病気です。治療は、抗てんかん薬、三環系抗うつ薬、他にガバペンチン、レグナイト、リリカ、時にノルスパンテープ、トラマール、ノイトロピンなども試みていますが効果は不詳です。
その他 帯状疱疹ヘルペス
初期は皮膚の違和感、シビレ、ピリピリを来たします。数日遅れてプツプツと疱疹が現れます。発症前の場合はアロディニアと誤診することはまれです。陳旧性の帯状疱疹ヘルペスに見られるシビレ、ピリピリ痛はアロディニアとの鑑別がかなり難しいです。救いは治療薬がアロディニアの治療薬と重複するため、大きな誤診にはつながりません。
・環軸椎亜脱臼 頭蓋頸椎移行部病変
症状:上肢の異常感覚、上肢の巧緻運動障害、めまい、ふらつきなど
・頚椎症性脊髄症(脊柱管狭窄症・変形性頚椎症など)
症状:両上肢の痛み・シビレ、巧緻運動障害、緩慢歩行など
・頚椎症性神経根症(頸椎ヘルニアなど)
症状:肩こり、首・背中の痛み、上肢の痛み・シビレ、頭痛、めまいなど
・腰椎症性脊髄症(脊柱管狭窄症・変形性腰椎症など)
症状:下肢の痛み・シビレ、間欠跛行など
・腰椎症性神経根症(腰椎ヘルニアなど)
症状:腰の痛み、下肢の痛み・シビレ、歩行困難、排尿困難など
・馬尾症候群
症状:下肢の痛み・シビレ、下肢の運動障害、尿・便失禁、慢性便秘、尿閉、性器の異常感覚、会陰部の痛み・ほてりなど
・梨状筋症候群
症状:お尻の痛み、座っている時に痛みが増悪するなど
・手根管症候群
症状:手指の痛み・シビレ(第1~4指)、母指球筋の萎縮など
・肘部管症候群
症状:手指のシビレ・まっすぐ伸びない(第4~5指)、箸が持ちにくい、握力低下、手の筋肉が痩せるなど
・足根管症候群
症状:足裏の焼けるような痛み・ピリピリ・ジンジン、脛骨神経を押すと痛みやシビレが生じるなど
・胸郭出口症候群
症状:肩こり、肩のシビレ、胸や背中がだるい、腕を挙げると腕がしびれる、頭痛など
・足底腱(筋)膜炎 モートン病など
症状:歩行時の足指の痛みなど
・ポリニューロパチー
症状:手足などの身体の末端部分のシビレ・筋力低下・脱力、歩行障害、呼吸障害など