1)なぜ睡眠は8時間なの
睡眠は重要な生命活動のひとつです。睡眠なしには人は生きられません。人は1週間絶食できても、1週間断眠できないことは経験的に知られています。人はなぜ眠るのか、人はなぜ睡眠を必要とするのか、専門書には必要な睡眠時間はおおむね8時間、その始まりは太陽が沈んで2時間後から始まるとあります。この8時間という睡眠は、人類が進化の過程で覚醒を優先し、睡眠をぎりぎりまで削った結果です。
睡眠をコントロールしているのは時計遺伝子です。目の後ろにある視交叉上核という時計遺伝子の集まった体内時計が太陽と連動し時を刻んでいます。時計遺伝子を映像で見ると、夜10時になると活動を停止し、太陽が昇る朝6時に活動再開します。この間が8時間です。
野生動物の話を少しします。危険なサバンナで暮らす動物たちは立ったままの睡眠です。しま馬も立ったまま寝ますが、群れの中の馬は横になって寝ます。立ち上がるのに時間のかかるキリンは立ったままの短い睡眠しかとりません。野生動物は命がけで睡眠を確保しているのです。
2)前半の睡眠、後半の睡眠
時計遺伝子により睡眠の前半はノンレム睡眠を主体とした深い睡眠です。後半はレム睡眠を主体とした浅い睡眠です。興味深いのはレム睡眠です。レム睡眠は急速眼球運動を伴う睡眠のことで、Rapid Eye Movement Sleepと言います。瞼の下で眼球がきょろきょろと動き回っているのが見えます。オトガイ筋をはじめとする全ての骨格筋が弛緩し体の動かない状態での浅い睡眠です。このため、怖い夢を見ると金縛りを経験します。脳にとって睡眠は筋肉を弛緩させ人間が起き上がれないようにしてまで確保する大切な時間です。前半の深い4時間の睡眠だけで人は生きていけますが、記憶、学習、分析、考察、手足を使った巧みな技術の習得などには後半の浅い4時間の睡眠を必要とします。時計遺伝子に従順な乳幼児は12時間以上の睡眠を、学童低学年の子供は10時間以上の睡眠をとっています。この年齢は必要な睡眠時間を確保できるため脳は急成長します。中学生になりわがままになると10時を過ぎても寝ずに遊ぶ子もいます。
図は脳が必要とする8時間の睡眠パターンです。
身勝手な短時間睡眠では不必要な記憶、嫌な記憶の消去ができないため、集中力、気力の低下など、心(気)は病んできます。
3)脳の主役 <ニューロン脳かグリア脳か>
脳は2種類の細胞によって構成されています。神経細胞(以下ニューロン)と神経膠細胞(以下グリア)です。最近、睡眠は体のためだけではなく脳自身のためにも必要という考えが登場してきました。私たちが知っている脳はニューロンが長い軸索を伸ばし他のニューロンの軸索とシナプスを形成し無数のネットワークで満ちたスーパーコンピュータ、スパコンとの認識です。私たちの記憶も知識も感情もすべてこのスパコンの中にあると考えられてきました。ところが、今までたいした機能はないと考えられ研究の外に置かれていたグリアも記憶学習、思考、感情に関与していることが次々とわかってきました。
きっかけは世界規模で起こった技術革新によりコンピュータの小型化、映像処理技術の進歩により、科学者は生きた脳細胞の活動状況をリアルタイムで観察できるようになったからです。
さらに、グリアに注目が集まったのは、40年間行方不明だった天才物理学者アインシュタインの脳を調べたところ、一般人の脳よりもグリアが多いことが分かったのです。このグリア細胞は、電気信号を使うニューロンに比べ、化学反応により情報を伝達するため伝達速度は秒から分の単位とゆったりとした速さです。そのため、情報の処理には時間がかかります。8時間という長い睡眠を必要とする理由はグリア細胞の情報処理に時間がかかるためではないかとの考えが浮上してきました。ちなみに、アインシュタインの睡眠時間は10時間でした。
中学・高校時代は日々膨大な情報が脳に流入します。この膨大な情報を処理するための時間を与えないと脳は必要な情報まで消去し、混乱状態に陥ります。この情報災害を避けるためにはニューロン脳とグリア脳に十分な睡眠時間を与える必要があるのです。
脳表の厚さ3~5mmの色の濃い部分が神経細胞ニューロンの集まりです。白く見えるのは神経細胞ニューロンの10倍あると言われている神経膠細胞グリアが主体です。
相対性理論や光量子仮説など、世界を驚かせた天才物理学者アルベルト・アインシュタインの脳を解剖した神経解剖学のマリアン・ダイアモンド博士は、神経細胞ニューロン数は一般人と変わりませんでした。しかし、高次認知機能を担う連合野ではグリア細胞が高密度に大量に存在すると報告しています。
4)睡眠時間と学習成績について
文部科学省の行った大学に合格した受験生の成績と就寝時刻との関係についてのわかりやすい報告があります。
真ん中から上の上位合格者は10時25分~10時33分の間に就寝しています。
真ん中から下の下位合格者の中でも上位合格者は10時55分に就寝、最下位合格者は11時20分と最も遅くに就寝しています。
5)まとめ
情報処理の早いニューロン脳と情報処理は遅いが誠実なグリア脳がペアを組んで、8時間睡眠の制約下に真面目に働いて人間の活動を支えています。この睡眠を粗末に扱い出すのは10歳を過ぎた遊び盛りの子供たちです。夜になり脳は眠りたいのに、子供たちはスマホで目の間近から光を入れ、イヤホンで耳から騒音を入れ、遠慮なく睡眠を困らせます。この仕打ちに脳は黙っていません。脳は必要な情報を勝手に消去したり、嫌な記憶の消去を怠って気持ちをイライラさせたり、悪夢や便秘で困らせたり,記憶の固定をサボってテストの成績を悪くしたりと、子供たちに色々としっぺ返ししてきます。
睡眠の大切さが分かった今日からは脳の8時間眠る権利を認めてあげてください。そして、睡眠を尊重し脳と仲良くおつきあいをし、充実したSchool life を楽しんで下さい。