<人間の歴史は30万年>
ホモサピエンス、人の痕跡を探していた考古学者たちは発掘された石器から約30万年前とほぼ断定しました。人類は言葉と簡単な記号と表情を使い、人と人とのコミュニケーションを発達させ集団で焚火を囲んで生活していたことがわかっています。現在のモロッコにあたるサバンナ地帯で発見された石器を調べることで、彼らの生きた時代がわかってきたのです。
<以来29万年は>
30万年の歴史のうち、農耕生活に移行するまでの29万年は狩猟・採集生活でした。狩猟・採集に必要なのは視力です。そのためブルーライトを感受する特別な細胞を目の奥にある網膜に進化させ、視力を高めてきました。人は嗅覚を鼻腔の天井奥に小さくしまい込み、嗅覚を犠牲にしてまで視覚を優先して進化させたと考えられています。
<わずか100年、過剰な光が脳を疲労させる>
エジソンが白熱灯を発明し150年、普及して100年、スマホが普及しわずか10年です。この10年、光過剰の世界となりました。30万年かけ光を求めて発達した目の網膜細胞は、この10数年の過剰な光に驚き、疲れています。過剰な光は時計遺伝子の集まった体内時計を混乱させ、睡眠のリズム、自律神経のリズムを乱し、体は混乱状態に陥っています。
<児島湾干拓地 浦安の子供たち>
私が小学校1年生の頃、この地には浦安という町名がありませんでした。ここは福田地先と呼ばれていました。私が4年生の頃に福浜小学校浦安分校が誕生しました。私たちは福浜小学校に通っていました。当時の福浜小学校は1クラス50人、4クラスありました。この内3クラスの級長が浦安の子供でした。当時福田地先の子供は頭の良い子が多いがなぜだろうと話題になったものです。今になって思えば、答えは明白です。それは長い道のりを歩いて登校したからです。そのためには朝早く起きて、朝ごはんをしっかり食べて登校する必要がありました。このため、必然的に夜早く寝る習慣になっていたのです。小学生のほとんどは9時前消灯、6時過ぎ起床し9時間以上の睡眠をとっていたのです。福田地先の子供は頭が良い理由は早寝だったのです。
<ゲーム、スマホの魔力に負ける子供たち>
今の子供はおおむね遅寝です。10時消灯する子がどんどん減ってきています。遅い子は11時、12時と遅寝です。原因となっているゲーム機、スマホの保有率は小学5年生で半数、中学2年生で8割を超えています。今は8時間寝ない子供が増えています。学校に遅刻する子供、忘れ物の多い子供、イライラ落ち着きのない子供、体育を休む子供、そして不登校の子供も珍しくなくなりました。
寝ないとNFになるという言葉を耳にします。私は寝ないとNSになると注意を呼び掛けています。NSとは寝ないと成績が下がる、寝ないと身長が下がる、寝ないと体力が下がる、寝ないと視力が下がる、など睡眠を粗末にすると成長ホルモンが減少し損することばかりです。
<睡眠教育を軽視した国 日本 世界が心配>
世界保健機構WHOから度々日本は睡眠教育の充実を進めるよう勧告を受けてきました。この50年、睡眠教育空白の時代が続き、睡眠教育を受けていない親が子供を育てる時代となりました。子供の睡眠不足は深刻化し、友達付き合いが下手になり、体力、集中力の低下が目立つようになりました。世界から見て子供の発達障害が異常に多い国となり、2019年国連子どもの権利委員会が日本政府になぜかと注意勧告を出すほど国際問題になっています。
<なぜ睡眠は8時間なの>
睡眠は大切な生命活動のひとつです。睡眠なしには人は生きられません。人は1週間の絶食はできても、1週間の断眠はできないことは経験上知られています。人はなぜ眠るのか、人はなぜ睡眠を必要とするのか、専門書には必要な睡眠時間はおおむね8時間、その始まりは太陽が沈んで2時間後から始まるとあります。この8時間という睡眠は、人類が進化の過程で活動する時間、覚醒を優先し、睡眠をぎりぎりまでけずった結果です。
睡眠をコントロールしているのは時計遺伝子です。目の後ろにある視交叉上核という時計遺伝子の集まった体内時計が太陽と連動し時を刻んでいます。時計遺伝子を映像で見ると、夜10時になると活動を停止し、太陽が昇る朝6時に活動再開します。この間が8時間です。
成長ホルモンがたくさん出る子供の時計遺伝子は夜9時に活動を停止します。大人より1時間早いのが特徴です。
野生動物の話を少しします。危険なサバンナで暮らす動物たちは立ったままの睡眠です。しま馬も立ったまま寝ますが、群れの中の馬は横になって寝ます。立ち上がるのに時間のかかるキリンは立ったままの短い睡眠しかとりません。野生動物は命がけで睡眠を確保しているのです。ところが、人は自然に反し地球の自転太陽に逆らって睡眠を粗末にしています。
<時計遺伝子の話>
地球上に生息する細菌から魚類、爬虫類、昆虫、哺乳類など全ての生き物は光を感知する時計遺伝子(体内時計)を持っています。人間だけが特別な生き物ではありません。全ての生き物は地球の自転24時間と同期した時計周期を持っています。人間も地球の一部であり、24時間の自転周期と仲良く生きてきました。これからも仲良く生きなければなりません。日が暮れてもクラブ活動や塾やテレビ・スマホなどで消灯時刻が遅くなる子供が激増しています。時計遺伝子の集まった最大の体内時計は眼球の後方、脳の深い場所、視交叉上核にあります。この体内時計、視交叉上核のすぐ隣に自律神経の中枢、室傍核があり、両者はお互い情報をやり取りしています。子供が寝るべき時間に寝ない遅寝をすると時計遺伝子は混乱します。その混乱は隣の室傍核に波及し自律神経のリズムが乱れます。子供が朝元気に起きてこない、起きると立ち眩みを起こすなど体の不調につながり、学校への遅刻、なかには不登校に陥る子も出てきます。
<前半の睡眠、後半の睡眠>
時計遺伝子により睡眠の前半はノンレム睡眠を主体とした深い睡眠です。後半はレム睡眠を主体とした浅い睡眠です。興味深いのはレム睡眠です。レム睡眠は急速眼球運動を伴う睡眠のことで、Rapid Eye Movement Sleepと言います。まぶたの下で眼球がきょろきょろと動き回っているのが見えます。オトガイ筋をはじめとする全ての骨格筋が弛緩し体の動かない状態での浅い睡眠です。このため、怖い夢を見ると金縛りを経験します。脳にとって睡眠は筋肉を弛緩させ人間が起き上がれないようにしてまで確保する大切な時間です。前半の深い4時間の睡眠だけで人は生きていけますが、記憶、学習、分析、考察、手足を使った巧みな技術の習得などには後半の浅い4時間の睡眠を必要とします。時計遺伝子に従順な乳幼児は12時間以上の睡眠を、学童低学年の子供は10時間以上の睡眠をとっています。この年齢は必要な睡眠時間を確保できるため脳は急成長します。
図は脳が必要とする8時間の睡眠パターンです。
<睡眠時間と学習成績について>
文部科学省の行った大学に合格した受験生の成績と就寝時刻との関係についてのわかりやすい報告があります。中学受験、高校受験でも同じです。
真ん中から上の上位合格者は10時25分~10時33分の間に就寝しています。
真ん中から下の下位合格者の中でも上位合格者は10時55分に就寝、最下位合格者は11時20分と最も遅くに就寝しています。
脳は8時間という限られた睡眠(休息)で真面目に働いて人間の活動を支えています。この睡眠を粗末に扱い出すのは10歳を過ぎた遊び盛りの子供たちです。夜になり脳は眠りたいのに、子供たちはスマホで目の間近から光を入れ、イヤホンで耳から騒音を入れ、遠慮なく睡眠を困らせます。この仕打ちに脳は怒ります。脳は大切な情報を勝手に消去したり、嫌な記憶の消去を怠って気持ちをイライラさせたり、悪夢や便秘で困らせたり,記憶の固定をサボってテストの成績を悪くしたりと、色々しっぺ返ししてきます。
睡眠の大切さが分かった今日からは脳の8時間眠る権利を守ってあげましょう。ゲーム・スマホの魔力に打ち勝つ強い心を育てて下さい。睡眠を尊重し成長ホルモンを浴びて身長を伸ばしてください。そして充実したSchool life を楽しみましょう。
<スマホ脳の症状と治療>
ゲームやスマホを子供が持つようになってまだ10年経つか経たないかです。人間の知能が発達し石器を作り出して30万年の長い歴史からすると、この10年はとてつもなく短い期間です。脳にとってゲームやスマホは初めて遭遇する異文化です。そのスマホを日に何時間も見るとは、目や脳にとって未知との遭遇です。
<長時間スマホで子供の脳は傷害されます>
東北大学の研究では5~18歳224名の3年間にわたる脳の発達をMR画像により観察したところ、毎日スマホを使う子供は脳の成長が止まっているという恐ろしい事実が判明しました。また、使うアプリの数が多い子供ほど学習に集中できなく、成績に悪影響を与えていることもわかりました。
赤い部分は傷害された脳を示しています。
詳しくは、『最新研究が明らかにした衝撃の事実―スマホが脳を「破壊」する』 川島隆太
Impact of frequency of internet use on development of brain structures and verbal intelligence: Longitudinal analyses. Takeuchi et al., Human Brain Mapping 2018 (DOI: 10.1002/hbm.24286)
私がおすすめする本はアンデシュ・ハンセンによる「スマホ脳」新潮新書 2020.11です。この1冊で目からうろこ、私自身スマホの使い方を変え、スマホOFFを意識するようになりました。
<スマホで傷害される言葉と思考>
動物にない人間の能力は言葉です。言葉はコミュニケーションを生み、思考を育ててきました。スマホ脳は人が人として生きていく上で必須の脳力であるコミュニケーション能力を傷害します。また、浅い思考に偏りすぎて、深い思考である熟慮ができなくなります。人は生きていく上で熟慮の上決断する場面にしばしば直面します。友人から意見を求められた時返事に困るようでは仲間についていけなくなります。
<集中力の低下>
勉強中はスマホを部屋に持ち入らないことがとても大切です。学習中スマホが部屋にあるとメールやラインなどの着信音が入り、気になってスマホを見てしまいます。学習に戻っていても着信音でまた妨害されます。こういった状態をスイッチングと言います。スイッチングが度重なると学習への集中力が落ち、成績は低下します。
<思考力の低下>
『人間は自然のなかで最も弱い一茎(ひとくき)の葦(あし)にすぎない、だがそれは考える葦(あし)である。』これは17世紀フランスの思想家パスカルの有名な言葉です。答えのない問題に答えを見出していく考える力を思考力と言います。思考力は問題解決処理に大切な能力です。スマホ脳では思考力は低下します。原因は長時間スマホによる脳の疲労です。最近は活字で勉強する子供が激減しました。『人間至る処青山有り』を子供に読ませると『にんげんいたるところあおやまあり』と読む子が多いそうです。正解は『じんかんいたるところせいざんあり』です。
<治療1>
あなたはスマホを肌身離さず持っていませんか。暇があればすぐにスマホに手を出していませんか。この悪い習慣を止めるためにはスマホを持たない時間を増やすことです。スマホを持ち歩く習慣を止め、家では必要な時はスマホ置き場でスマホを見るようにしましょう。
暇があればすぐにスマホに手を出す自分への気づきを増やし、その悪い循環へストップをかけ、スマホOFFの時間を増やして脳を休ませてあげてください。
スマホは麻薬を超えた麻薬です。
<治療2>
スマホを持たない時間を増やし、ぼんやりする時間、散歩しながら川の流れ、雲の流れを眺めたり、野鳥のさえずりや虫の声に耳を傾け、星空を眺めてみてください。これらボーっとする時間(ブレインスランバー)は脳にとってとても大切であることを提唱したのは2010年マーカスE.レイクルによるthe brain’s dark energy(デフォルトモードネットワーク)理論です。簡単に言うと、脳は意識活動にはわずか5%のエネルギーしか使っていません。20%を脳細胞のメンテナンス、残り75%をぼんやり思考に使っているそうです。スマホ、タブレット、ゲームなどは脳にぼんやりする休憩時間を与えない凶器となっているのです。スマホにすぐ手を出す子供たちの脳は常に新しい情報を処理しなければならず常時ONの状態です。大切な睡眠まで削られては、脳はたまったものではありません。
<おわりに>
この子ならスマホを与えても大丈夫と思っても、多くの子供はスマホの魔力に負けてしまいます。夕食時にはテレビを消す、食卓、勉強机、ベッドにはスマホを持ち込まない、このルールが守れたら、スマホと共存し充実した学校生活を送ることができるでしょう。
スマホ対策とスマホ治療は『汝の敵は汝なり(自分の敵は誰でもなく自分です)』、『己に勝つ(スマホに負ける弱い自分から、スマホに負けない強い自分に変えていく)』、この処方箋を大切にすることです。